【駅前間歇泉】
上記足湯の隣には間歇泉があります。
この間歇泉は、熱海温泉の玄関口である熱海駅前に名所となるようなモニュメントをということで、
昭和51年1月に大湯間歇泉を模して造られました。
富士溶岩を組み重ねた岩山の大きさは、高さ5m、幅6mで、
中が空洞になっていて、この中で噴泉が揚がっています。
間歇泉は、4分毎に約1分間、鳴動音と共に噴出するもので、
噴出したお湯が前の池に流れ落ちる感じになっており、
この池をローマの「トレビの泉」のようにコインを投げ入れる観光客がいます。
【軽便鉄道機関車】
上記間歇泉の隣には軽便鉄道機関車があります。
軽便鉄道は、明治40年12月25日に雨宮啓次郎翁が当時人車軌道であった熱海鉄道
(もと豆相人車鉄道、明治28年開業)を蒸気機関車による軌道に変更したものです。
大正9年、熱海軌道組合と名称を変更したが、国鉄熱海線の開通とともに大正11年1月一部廃止、
大正12年の関東大震災により、ほぼ全線が崩壊したため、同年9月21日廃業しました。
この機関車は、日本最初のフィート6インチ軌間の蒸気軌道であり、
通称「ベンケイ号」と呼ばれ、石炭燃料の蒸気機関車で、
客車1〜2両(定員24〜50名)を連結し、
熱海・小田原間約25kmを2時間20分〜40分かけて1日7往復運転していました。
廃業後この機関車は、日本各地の鉄道建設工事に活躍した後、
神戸の国鉄鷹取工場内に標本車として展示されていたものを、
市民運動を起こして払下げを受け、市民の浄財を募り陸送、修復して、
昭和44年4月25日渚小公園に設置展示されましたが、その後、
昭和46年4月29日熱海駅前に移され、
昭和50年12月間歇泉造成工事の際現在の場所に移され、
昭和51年10月14日鉄道記念日に、旧国鉄より「七号機関車」という名称で準鉄道記念物第一号に指定されました。